その日は椎子さんを抱いたまま眠った。

朝、視線を感じて目覚めると椎子さんがじーっと
僕を見ていた。ずっと前から起きていて、僕の
寝顔を観察していたんだ。
恥ずかしいな、と僕が抗議すると椎子さんは
くすくす笑いながら言った。

「さっきまで孝さんの夢を見てたの。しいこは
 とてもしあわせです…孝さんの腕の中で眠って、
 夢でも会えて、目がさめたらまたすぐ目の前に
 あなたがいるんですから」

…そういうこと言われるとすごく照れる。
でも、僕だって同じ気持ちだよ。

今日は二人で朝顔市に行って来た。椎子さんは縁日が好きで、毎年
夏のデートにはここへ来ていたんだ。
僕達はしょっ中父娘にまちがえられて、椎子さんはそのたびちょっと
ほっぺをふくらませていた。

「わあ、きれいです」
空色をした大輪の朝顔を目にして立ち止まる。
西洋朝顔の一種らしい。
僕は椎子さんにその鉢植えを買ってあげることにした。
「この花、ヘブンリーブルーっていうんですって。
 すてきな名前ですよねー」
ヘブンリーブルー……天国の青。何故だろう。胸が痛くなる。
椎子さんが小さな白い羽をつけて、もう一度天国へ帰ってしまう
ような気がして---
僕は彼女の手の平をきゅっと握りしめた。

キッチンからいいにおいがする。
なんだろうと覗いてみると椎子さんが本を読みながら
いっしょうけんめいケーキを焼いていた。
今日は由梨江さんの誕生日だと教えられてやっと思い出した
僕は友達失格だろうか。

僕達は由梨江さんをささやかなお祝いの夕食に招いた。
『おめでとうゆりえちゃん,いつもありがとう』
つたないチョコペンの文字を目にした由梨江さんは、何故か
息をつまらせてうつむいた。
「…ごめんなさい、びっくりしたものだから…
 椎子、わたしの誕生日を覚えていてくれたの?」
「うん!だって由梨江ちゃんは、しいこのたいせつな
 お友達だもの!」
椎子さんに取り戻された記憶はまだ自分のこととよほど重要な
他人の記憶のみだと聞いた。由梨江さんは椎子さんにとって
本当に大事な親友だったのだろう。

「孝さん…少し、話したいことがあるのだけれど………」
椎子さんが飲み物を取りに行ったときだった。
妙に押し黙っていた由梨江さんが、低い声で僕を物陰に呼んだ。

+マエ+ +モドル+ +ツギ+

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